False kiss

 その唇はなんの為に有るのだろう。
 唇に触れるのは簡単だというのに、それだけじゃあキスという本来の意味と違う気がする。
 何度だって俺は丸井先輩にキスをした。軽いキスだって、強いキスだって、それでも何度も俺は唇を合せているのに、物足りない。キスという行動に何も感じない。
 これが本当に幼い頃から憧れを感じていたものなんだろうか。
疑問を解消する為にしつこく唇を合せていると、ついに丸井先輩の方からしつこいと指摘された。
 今日はもうキスなどしないと言われながらも、再度一度同じ様にキスを行おうとすると拒まれた。
 でもやはり思う。これなら、キスというものと呼ばないんじゃないかと。
 唇を合せることがキスという名称だが、本来はもっと想いが籠められていると思う。
 これはただ唇を合せているだけで、キスでもなんでも無いただの行動だ。
 想いも何も含まれていない、ただの行動でしかない。
 俺もついに先輩の周りを取り巻いている人間と同じ様になってしまったのだろうか。そう仕向けているのは、先輩だが、そうなってしまったのは俺のせいだろう。
「今日はもうしないからな」
 何を?と疑問を返さなかったのは、俺の頭の中にはキスという行動しか頭に無く、当然分かっていたからだ。
 先輩は唇が腫れるとか、散々俺に悪態をつく。
 俺はすみませんと思ってもいないのに、反応的に出る謝罪の言葉を言う。
 許してやるという返事は未だ聞いたことが無いので、俺が毎回謝ったとしても返事は無い。許してやるから何かをしろというものを除けばだが。
 ついに俺はキスの意味を確かめる術まで無くしてしまった。
 腑に落ちないなと、俺は白いシーツのベッドに力を抜いて倒れ込む。隣に居る先輩の顔を先輩と目が合いそうになるまで見つめ、視線がこちらに向けられそうに察した時、すぐさま横に逸らす。
 丸井先輩はこんな俺にどう思ったか分からないが、先輩は座っている位置から這い蹲るようにベッドの上をだらだらと移動しベッドのスプリングをキシキシと音を立て、俺の上に覆い被さる。
 俺はどうすることも無く、そこに寝そべっているだけだ。
 赤い髪の毛を耳に掛けると、俺の頬に温かい手を添わせると首筋まで伝いながら移動させる。そして、その手をもう一度頬に戻すと俺の顔を上にいる先輩と向き合わせた。
 相変わらず読み取れない表情をしている。
 先輩は俺の瞳から視線を離さない。
 俺は先輩の顔の一部を一つずつしっかりと見た。
 大きな目、鼻、耳、前髪、そして唇。
 先輩は徐々に俺に近づいてきた。唇を軽く開き、瞳を閉じながら。
 俺は目を閉じることなく、一つ一つの先輩を構成しているものを見ていた。
 先輩は俺の唇に自分の唇を合せる。
 キスをするということは分かっていた。幾らもそれをこなしてきたから、先輩が俺の頬に手を伝えた時に自然と頭では理解していた。
 だが、それをするのは毎回俺だ。
先輩が俺にキスなんてしようとするなんて、先輩が嫌っている恋愛の情緒だというのにそれなのに俺が今までやってきたようにキスをする。
 たかが触れるだけのキスだった。
 それだというのに、俺は先ほど何回も同じ様に繰り返したキスと全く同じだというのに、胸の中心は熱くなってそこから熱を全身に広げていった。
「これでいいか?」
 先輩は唇離し、妖艶な顔をし、俺の耳の横で息を少し当てながら囁いた。
 満足なんて言えるもんじゃない。この人は俺の心を持て余したんだ。
 それでもそのキスは俺が先ほど思っていた、ただ唇を合せるだけのキスとはまた違い、自分の頭の中で勝手に作りあげていたキスのイメージと同じだった。
 それだから悔しかったし、俺がしている同じ動作を見て思った。
 俺はこんなにも先輩に愛を注ぎ込んでいたなんて。
「先輩、今日は優しいッスね」
「そうじゃねーよ。気分」
 刹那でも、幸せをくれて有難う。それ以上に胸は苦しくなり、痛みも伴うけれど。
 明日とかその先とか分からないけど、唇を重ねる前に見つめた視線は演技で有ったとしても、好きだと錯覚させてくれるほどの想いをくれた。
 その時だけは俺達、両想いであったと思うから。

template by TIGA